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テラス生まれ

最近の自分は動的。
 
家、練習、バイト、レッスンをぐるぐる行ったり来たりしている。

イベントの話もいくつか出ている。
 

動き回るのはいいことだと思った。

 
戻ってくる場所があるのが条件だけれども。
 
落ち着く家とか、足湯しながら本を読む時間とか。
 
 
 
 
 
 
例えば家具をずーっと動かさないでいると、その下や裏にホコリが溜まっていく。
 
定期的に窓を開けて、物をどかして掃除をしたり模様替えをしたりすることで、快適な状態を保てる。
 
動くのがいいというのは、それとおんなじ感じかな。
 
ちなみに、片付ける過程で一時的にごちゃっとなる時ないですか?
 
体も、良くなっていく前にそういう状態になることがあるなって思う。
 
それも含めて、家に例えるのは分かりやすくていいんじゃないかと思いました、今。
 
 
 
 
 
というわけで、とても調子がいいです。
 
力んだりムキになったり悲しくなることも全部込みで、ほんとにいい。
 
 
 
 
 
家の例えでもうひとつ思っていたことがあります。
 
テラスヨガについて。
 
あそこは私にとって「実家」みたいな場所だということ。
 
「仕事として責任を持ってしっかりやる」という気持ちのほかに、
 
来客のおもてなし、よりも前の、玄関の掃き掃除やトイレ掃除的な役割がもっと出来たらいいなぁという想いが強くあるから。
 
そしてここが大切なのだけど、オーナーのAKI先生が、私にとって初めてのヨガの先生だということ。
 
 

 

 

 

ヨガから始まる―心と体をひとつにする方法 (カルチャー・スタディーズ)

ヨガから始まる―心と体をひとつにする方法 (カルチャー・スタディーズ)

 

 

 

 
ひとつまえの日記で紹介したこの本に「最初に出会うものが「師」となる」というお話があります。
 
これは現在受講している20時間勉強会のヨーガスートラの講義でも触れられた部分なのですが、この考えはなんかピンと来なくてしばらく考えていました。
 
AKI先生のレッスンは大好きだし、たくさん教えてもらったし、とってもお世話にもなっているけれど、ずーっとそばについて教わっているわけではないし、それなのに師と呼ぶ?
 
かと言って今アシュタンガを教えてもらっているBirdyのゆみ先生のことを、出会ってたった数ヶ月で師匠!ってのも厚かましいかなとか、なんかごちゃごちゃ。
 
でも、テラスは実家みたいだと感じた時に、じゃあAKI先生は言わば実の親(笑)ということになるなと思って。
 
ずっと付いていようが離れていようが、親は親。
 
親が違えばもちろん今の私はいないんだよなぁとか考えていたら、あっそうかと。

ここでやっと「最初に出会うものが「師」となる」が腑に落ちたんです。

親父、グルジ。
 
そしてこういうことを考える機会を与えてくれたゆみ先生も、大切な師。




さて、はじめに書いた「動的」な感じが強まったのも、テラス実家論が自分の中で確立したからです。

私はなんとなくテラス以外の場所での活動を遠慮がちにやっていたところがあって、自分の教室もブログを分けたりしていたのだけど、実家からさまざまな場所へ出向いていったり、新しい繋がりを築いていったりすることはごく自然なことじゃないかと思い始めて、それからはブログをひとつにまとめて、友達が声を掛けてくれていたイベントでのヨガレッスンの話に「やらせてください」と返事をした。

気持ちが自由になって生活全体の風通しが良くなり、ブログはまとめたらのびのびすらすら書けるようになった

ここからは遠慮じゃなくて、配慮をしよう。





と、そんなこんなで、頭をはじめ色んなもんがすっきり整理された春。





今日はBirdyのマイソールのあと、テラス北山でハタヨガ。
 
 
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みんなの服も靴も軽やかになってきて、体もそんな感じでした*

レッスン後は、久しぶりにAKI先生とミーティング。

上に書いたような、テラスへの想いを伝えたり。

AKI先生からは、今後テラスでやっていこうとしていることについて。

私が最近なんとなく「こんなことやってみたらいいんじゃないかなぁ」と思っていたことが、AKI先生の口から出てきてほんとに驚いた!

実行する力が凄い。
 
風通しのいい人。
 
楽しみだなぁ。
 
私もそんないいところを受け継いでいきたいなぁと思います。