読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

みんなのことば

みんなとお話する時間を多く持つようになってから、毎回大切なことに気付かせてもらう。
 
いろーんな感じ方があるんだなぁって「みんな違ってみんないい」をいっぱい実感させてもらえる。
 
だけど根っこは一緒だなーとも思えて、お互い安心したり励まされたりしていて、とてもいい。
 
なのでこれからここでも、クラスや暮らしの中で出てきたみんなのことばをシェアしていけたらと思う。
 
 
 
・・・・・・・・・・
 
 
 
今日の夜ヨガ。

レッスン前のお話は最近の自分にリンクしていた。

自分の思いや違和感を無意識にまたは意識的に抑えてしまう場面が生活の中ではいくつもあって、そうしなければ生きにくいからこそ、つい周りに合わせたり、意見を引っ込めたりする。でもしんどさを抱えた状態からは開放されないまま。。

自分の気持ちに蓋をして、人の目を気にしてしまうこと。
よくあった。モヤモヤする気持ちを仲間内で発散して紛らわすこともよくあった。

最近職場で…
自分の気持ちや違和感、おかしいと感じること、放置しないで上長に伝えることにしてみた。
それは言いやすいフンイキだからっていうのもあり。
今までの経験からこれは…と感じることもあったりで。
何より、誰かや店のためじゃなく、自分が損したくない、働きにくいのがイヤだと思う気持ちがすごくあるから。
おかしいと感じることんを我慢して飲み込むのをやめてみようかな、と思ったから。
ついでに、まだ入社して日が浅い分、染まっていないからこそ外側から感じることができるのかもしれない。

別に熱意ややる気が人一倍あるわけでもないんだけど。

こんな自分もいたのか、、あたしどうしたんだろーと思っていたら。
あやかさんの話を聞きながら、あ!と気付いた。
小学生の頃の自分のこと。
高学年になる前の自分。
やりたいことには何でも手を挙げ、おかしいと思ったら意見し、注意し、こどもなりの正義感や主張を持っていたこと。

でも思春期というものがやってきて、あるきっかけから人の目が気になり出し、そんな自分を閉じ込めたんだった。

きっと最近のあたしはあの頃のあたしと再会したんだなー笑
時間かかったけどf(^^;

こどもの頃みたいに思うまま感じるままやりたいように振る舞うことも、窮屈さをどこかで感じるオトナには必要なのかもしれないなー◎




・・・・・・・・・・



入社当時は「それっておかしいんじゃないか、、」って思って悩んだりしてたけど、嫌々従って毎日過ごしているうちに慣れてきてしまっていて、そんな自分がすごく怖い。



・・・・・・・・・・



一つ目はナイトフローのクラスに来て下さった方がFacebookに投稿されていたものを、許可を得て転載させて頂きました。

二つ目は同じクラスの中で別の生徒さんが仰っていたこと。

「慣れ」という言葉にみんな、そうそう!ってなったなぁ。





この日の朝、先生とセッションで話していたこと。

自分を犠牲にして生きている人が多い。

自分の真ん中が大切にしたいことを、まわりに合わせて曲げてしまったり。

自分の思考の癖によって自分を縛っていたり。

私もずーっとそうでした。

だけどきっかけがあってそれを止めてもっと自分に寄り添いたいと思い始めてから、先生やまわりの人からヒントをもらいながら、まだまだだけど出来るだけ真ん中を大切にすることを心掛けながら暮らすようになった。

そのまんまを観て、またそれを表現することは、意識的にも無意識のうちにも避けてきたことだったから怖かったのですが、実際に出してみると、その結果表れたものが悲しみ・怒り・喜び・安心、どんな形であっても必ず発見があり、宝物を見つけたようなわくわくした気持ちになりました。

一歩踏み出す前に想像していた不安や恐れは、ただの想像だった。

「もっと自分を認めてあげて、その存在を祝うべきだ」

というセッションの中での言葉に
勇気が出て、そのあとのクラスからいつもよりもっとストレートに伝え始めたら、自分の体がとても熱くなった。

そしたらそこから、上の方々のように感じたことを言葉にして下さる方が多くなって。

その言葉からまた何かに気付く人がいたり、一歩踏み出そうとする人がいたりする。

なんかすごい。

目の前で起きていることや一人ひとりから溢れる言葉にこんなに集中したこと今まであったかなぁって、今これ書きながらふと思ったのでした。