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お手当てのこと&ヨガのお勉強や練習の向こう側

昨日は、テラスの先生仲間JURIさんがお手当て(クラニオセイクラルセラピー)受けたい!と、manaiのプライベートスペースに来てくれました。

 
とりあえず、あったかいお茶でほっこりしてから。。って話し始めたら止まらず、なんとヨガ話だけで終わってしまったのでした。。!笑

JURIさんとはたまにしか会えないけれど、会うといつも何時間でも話せてしまう。

今回は、どんなことを話したかな。

先生と生徒さんとが依存の関係になっている場合についてとか、そんなことが多かったと思う。
 
また次回、と言ってお別れ。
 
楽しい夜でした*
 
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インスタにこの写真をアップしたら、数人の生徒さんが「お手当てしてほしい!」と連絡を下さって、今日もおひとり来て下さることに。
 
大人になって、体にただそっと手を添えてもらうことってなかなかないことかもしれません。

マッサージとはまた全然違う、不思議な、だけどどこかで知っている心地のよさと安心感。

お手当てする側も癒やされます。

アーサナをしに来る人、おはなしをしに来る人、お手当てをしに来る人。

自分と繋がろうとしている人たちが出入りしてくれているうちに、静かにいきいきとした空間になってきています。

ひとりでは生み出せなかったもの。

ありがとう。





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自分にとって「この人!」と思う先生や大切な人がいるのは本当に素敵なこと。

会えない時、さみしいなぁと感じるのも自然で素敵なこと。

会えるんならその時間をたっぷり楽しめばいいし、時に疑問をぶつけたり、または頼ったり甘えたりしたくなったら、それを抑えなくていいのだと思う。

もしその人がいなくなってしまったら悲しいと思うし途方に暮れることもあるだろうけれど、それもやっぱり自然なこと。

だけど例えばその人を失くした後、その時の自分の中や外にある素敵なものが見られなくなったり、自分の心や体を傷つけるというようなことはないようにいられたらいいなぁと思う。

アシュタンガをしていた時、ケン・ハラクマ先生が講座の中で、

「今は元気に練習してるけど、みんな老いていく。自分がもし寝たきりで動けなくなってしまった時、どんなことを想って過ごすだろう?」

というような問い掛けをされたのがとても心に残っています。

まったく動けないなんて、そんな時が来たとしたら実際はどうなるか分からないけれど、いろんなことが起こり得る中で、出来るだけどんな時も自分と手を繋いでいられるように、私は今ヨガをしているなぁと思います。

そうしながら世界と関わっていきたいし、そして楽しみたいです。