8月真ん中の3日間、東京にいました。
去年の4月にマントラ基礎講座に出るために行った時は知り合いがひとりもいなかったけれど、この1年数ヶ月のうちにたくさんの出逢いがあって、今回の旅では何人もの仲間と わぁーっ!と抱きしめ合った。
加えて、京都で深く繋がっている生徒さんたちも一緒に参加したので、東京だか京都だか小淵沢だか時々分からなくなる不思議な、楽しい嬉しい旅になったのでした。
その状況とは裏腹に、浮かび上がってきたのは、物理的な距離に対する寂しさや怖さだった。
その印象がまだずっと拭えずに残っていたことを感じた。
そんなことが今回の旅で出てくるとは思っていなかった。
けれども、浮かび上がってきたと同時に、それはさらさらと流れていった。
インドから帰国したばかりのなお先生こまよ先生からの胸がいっぱいになる学び、先生たちがシェアしてくれたデシカチャー先生の言葉*1、東京と京都のみんなのさりげないけど深い優しさ。
それらが総出で、笑顔で押し流してくれた。
たくさん助けられた。
長く深い繋がりが有り難くて、感動してよく泣いた。
もうこれからは寂しくない悲しくない怖くない!わけじゃない。
いろんなことが起こるだろうと思う。
だけどこれからはもっと安心の中で、それらを味わうことが出来ると思うから大丈夫だと分かる。
そしてそんな安心の中での喜びは、みんなで食べる手料理のように、何倍も幸せで楽しい。
数日前、ノートをぱらぱらめくっていて目に留まったページ。
確か1年半か2年前のワークショップで書いたものだけど、今になって実感し始めている。
音を通してたくさんの気付きがあった。
そして暮らしに反映されていく。
導いてもらっている。
これまでのどんな経験も光になったって、東京から帰ってきて改めて感じた。
大切なのはやっぱり続けることだなと思う。
マントラやお話を通して自分を見つめていくことも、頭で色々考えて何度か途中で離れそうになったけれど、決意を持った先生と仲間と過ごす時間の中で大切なことを思い出して、歩き続けることが出来ています。
本当に自分と向き合うことは関わり合いがあってこそ出来ること。
いつか先生も言っていたけれど、実感。
自分の音やみんなの音に耳を傾けるうちに感じる力が高まっていく。
それはなにか特別なことじゃない。
きっともともとみんなが与えてもらっている、環境や人と繋がって生きる、繋いできてもらったものをまた繋いでいくための、自然な力。
自分を信じて繋がると、大自然の一部になる。
自分の真ん中には海があって山もあって空もあって、みんなやいろんな生き物がいて、植物もある。
東京で過ごした時間と最近の暮らしを通して、今はそんなふうに感じています。
*1:デシカチャー先生の言葉…クリシュナマチャリヤ先生のご子息であるデシカチャー先生の言葉「私はあなたを愛する準備ができた」
デシカチャ−先生は8月8日に亡くなられましたが、同じように深い愛をもって、日本の言葉で伝統をつないでくれる先生たちがいることって、本当に幸せなことだなぁと思います。
学べば学ぶほど身近なものになるけれど壮大にも感じて、自分のところへ誰かが学びたいと来てくれた時に「いいのかなぁ」と思うことがよくある。
だけど京都に戻ってからは、それをちょっと脇に置いて、そうやって必要としてくれる人に今伝えられることを伝えていこうという意識をしっかりと持って生徒さんとの時間を過ごしています。
繋いでいくということは、本当はとっても自然なことなのだと思う。
みんなそれぞれに、様々な形で命を繋いでいくのだなぁ。