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2016.9.22〜25 マントラリトリートを終えて/ノアという場所とみんなと私

ヨーガの音

むかしむかし、私は毎晩、
「朝目覚めたらどこか他のあたたかい家の別人になっていますように。お母さんがいて、いなくなったりしませんように。」
と願い続けて、目覚めるたびにがっかりした。
家のことも自分のことも劣等感でいっぱいで、違う人になりたくていろんな素敵な人たちに憧れて、真似て、ついに私は自分で自分が分からなくなった。
自分じゃなくなることを望んでいたけれど、別の人になることはとんでもなく苦しいことなんだなと思った。
苦しみ続けて、YOGAを始めて希望を感じたものの、やっぱり同じように別の何かになろうとしたり人と比べて落ち込む自分がいて、苦しくてどうしようもなくなったとき、なおさんに出逢った。



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私を光の方へ導いてくれる先生、マントラ、深い愛で導いてくれるなお父ちゃんとこまよ母ちゃんがいる大きなおうち ノア。
どんなふうになっても、寄り添ってくれたり静かに見守ってくれたり、叱ってくれたりして、最後にはかならず二人とも、
「いつでも帰っておいで」と抱きしめてくれる。
こんなにたくさんの兄弟がいても、ひとりひとりにそうしてくれる。
このおうちにどれほど救われたか分からない。
私よりも私のことを信じてくれていることを、ふとした瞬間に感じて、愛と生きる力が湧いた。
兄弟たちのいきいきしていく姿も、数えきれないほど見た。

 


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私はこの大きなおうちで、昔ほとんど経験出来なかったことを経験させてもらいながら、家・暮らしの大切さや楽しさを教わった。

愛情たっぷりごはんをテーブルに並べて、みんなで囲んで食べること。
心を込めてお掃除すること。
一緒にゆっくり散歩をすること。
体いっぱい心いっぱい学ぶこと。
家族一緒にお風呂に入ること。
触れたりマッサージをし合ったり、ただ甘えたりすること。
布団を並べて眠ること。

それは、京都での暮らしにも反映されていった。
暮らしのひとつひとつが、自分のままでいきいき生きることに繋がっていくのだなと感じている。
このリトリートでともに過ごす同じ時間の中で、みんなもそれぞれの歩幅でそれぞれに大切な景色に出逢っているんだなぁと、3日目の朝散歩をしながら改めて思った。



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リトリートに参加し始めた頃、私は自分の声が分からないと感じていた。
最近はそんなふうには感じていなかったけれど、今回のリトリートの途中で、自分のそのままの声ではなくて「こうでありたい」という声を無意識に出していたことに気づかされた。
帰り際にこまよ母ちゃんが「声がずいぶん戻ってきたね」と言った。
私は「そうなの!」と言えるほど気付いていなかったけれど、家に帰って練習で録っていたリトリート前の声を聴いて「あっ」と思ったのだった。
唱えるときに感じていた首のうしろのぎゅっと感が楽になっている。
優しく使えていることが嬉しい。
そんなことからも、自分でいることっていうのは大切で愛おしいものだなと感じた。
自分らしさやみんならしさを見つけていく中で、同じ部分もたくさん感じて、ほっとしたなぁ。

 


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Oṁ saha nāvavatu |
saha nau bhunaktu |
saha vīryaṃ karavāvahai |
tejasvināvadhītamastu mā vidviṣāvahai |
O śāntiḥ śāntiḥ śāntiḥ ||

 

私がなおさんから初めて教わった大切な大好きなマントラ。
今回のリトリートでもみんなで学んで唱えた。

ノアの在り方は、このマントラみたい

必要な栄養分を与え合う。
お互いに「大丈夫」と信じ合うことが、何かをする大きな力になる。
自分が出来ることを通してそれぞれに助け合う。
何か技術的に出来るだけじゃなくて、自分ではどうにもならなくてじめじめみーみーしてしまうことだって、時に誰かの助けになっていたりする。
手を差し伸べたり、そっと見守ったり、いろんな形で支え合う。
笑うこと、泣くこと、羨ましいと思うこと、出来るようになること、つまづくこと、ほっとすること、全部の経験が光だということが、越えたときにより分かる。
だからまた、いろんな経験、いろんな違いを越えよう、越えられるって思う。
そうして見た光は綿毛のように、兄弟たちの存在からたくさんの場所に広がっていくこと。
ノアを通して経験した。


そのことをこれからも忘れませんように。
忘れないようにこれからも毎日、このマントラを唱え続けようと思う。
正直にいうと私はまだ、昔自分が自分に聴かせ続けた呪文の数々に時折飲み込まれそうになる。
だけど、先生だったりお父さんだったりお母さんだったり兄弟だったりするみんなの顔を思い出したら、大丈夫だな。
祈りが満ちる空間のあたたかさを思い出したら、きっと大丈夫だな。
 

 

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なおさんこまよさん、いつも大きくて深い愛を本当にありがとう。
今回一緒に過ごしたみんな、幸せな時間を本当にありがとう。
嬉しいことも悲しかったことも、たくさん共有してくれてありがとう。
触れてくれて、触れさせてくれて、ありがとう。
助けられたし、嬉しかったし、楽しかった。
あーみんな、きれいだったなぁ。
それぞれの場所で、いきいき生きれますように。
また大きなおうちで家族の時間を過ごそうね!
京都から、愛をこめて*


 

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今回のリトリートで何度も何度も聴いた「お母さん」という言葉。
今の私にはお母さんのような存在の人があちこちにいる。
その人たちがしてくれたように、気付けば私も、以前の私ならしなかったような形で誰かに触れていることがあるのだけれど、
それに加えて、私自身が私のお母さんとして居るという感覚が芽生えていることに、リトリート後に気付いた。
大切な感覚のような気がしています。